残す絵とは

僕が死んでも残る絵を描く為に今チエンマイに来て以来の10年余りの絵を検査し、完成度を高めている。

だが死後とは永遠である。生きているのは有限である。

残す絵とは何時まで残す絵なのか。3年か。10年か、20年か。永遠の死後に対して20年や50年はゼロに近い。少なくとも100年後に僕の絵を誰かが見て感動するくらいの絵を描かねば残す絵とは言えないではないか。

安易に、残る絵を描くなど言えるものでゃない.

しかし、永遠,普遍を求めて制作するということを片時も忘れてはならない。

「赤い花の木」二作目。卵水彩で現場写生したスケッチ風の絵を油絵の制作に変えているが、画面のすべてにあるら絵の具が乗った。もう元の絵は油絵の下になって見えなくなっている。

写生では勢いに任せて無心で描いていくが、制作は表現すべき内容の目的のもとに自分の描写力をレモンを絞るように搾り出して描いていくので苦心惨憺する。途中で自然が解らなくなり筆を止めることもしばしばである。

感情表現は最後までとって置かれる。

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